統治行為論とは、国家の統治に直接関わる、高度に政治性のある行為について、裁判所がその適法性や違憲性を原則として審査しないとする考え方です。
代表例として、衆議院の解散と条約が挙げられます。ただし、条約については例外があり、完全に司法審査が否定されているわけではありません。
統治行為論とは
高度に政治性のある国家行為を司法審査の対象外とする考え方
裁判所の司法権は、当事者間の具体的な権利義務などをめぐる争いに法令を適用し、最終的に解決する作用です。このような争いは、一般に「法律上の争訟」と呼ばれます。
しかし、法律上の争訟に当たるように見える場合でも、国家統治の基本に直接関係し、政治的な性格が極めて強い行為については、裁判所の審査権が及ばないことがあります。これが統治行為論です。
司法審査が及ばないとされる理由
統治行為の判断には、単なる法律解釈だけでなく、安全保障など、国の基本政策に関する判断が含まれます。そのため、政治的責任を負う政府や国会などの政治部門に判断を委ね、最終的には国民の政治的判断に委ねるべきだと考えられています。
これは、裁判所が単に政治問題を避けているというだけではありません。司法権の性質に内在する制約であると説明されています。
衆議院の解散に司法審査が及ばない理由
苫米地事件で統治行為とされた
最高裁判所は、苫米地事件(最大判昭和35年6月8日)で、衆議院の解散を、国家統治の基本に関わる高度に政治性のある行為と判断しました。
そのため、解散の有効・無効を法律上判断できる場合であっても、裁判所の審査権の範囲外とされます。解散についての政治的判断は、政府や国会などが政治的責任を負い、最終的には国民の政治的判断に委ねられます。
つまり、裁判所が判断しないのは、解散が法律上の争訟になり得ないからではありません。高度な政治性を持つ統治行為であることが理由です。
条約に司法審査が及ばない理由と例外
条約は高度に政治性のある行為とされる
安全保障条約は、国の存立に関わるため、高度の政治性を持ちます。その内容が憲法に適合するかという問題も、純粋な法律判断だけでなく、国の基本政策と深く関係します。
そのため、条約は原則として裁判所の司法審査になじまないとされています。
砂川事件が示した例外
砂川事件(最大判昭和34年12月16日)で、最高裁判所は、安全保障条約について、原則として司法審査の範囲外としました。
ただし、一見極めて明白に違憲無効であると認められる場合には、司法審査が及ぶとしています。
- 原則:条約は統治行為として司法審査になじまない
- 例外:一見極めて明白に違憲無効と認められる場合
したがって、条約は一切審査されないのではなく、明白な違憲無効の場合を除いて、原則として審査されないと整理できます。
まとめ
統治行為論とは、国家統治の基本に関わる高度に政治性のある行為を、裁判所の司法審査の対象外とする考え方です。衆議院の解散は統治行為とされ、政治部門と国民の政治的判断に委ねられます。
条約も原則として司法審査の対象外ですが、一見極めて明白に違憲無効である場合には審査が及びます。この原則と例外を分けて理解することが重要です。
