信教の自由とは、宗教を信じるかどうか、どの宗教を信じるか、信仰に基づく行為をするかを自分で決められる自由です。もっとも、宗教上の行為が他人の生命・身体や権利・利益を侵害し、社会に害悪を及ぼす場合まで無制限に認められるわけではありません。
信教の自由で保障される3つの自由
内心における信仰の自由
宗教を信じる自由、信じない自由、信仰を変える自由が保障されます。また、信仰を他人に告白するか、黙っているかも本人が決められます。国が信仰の告白を強制することは禁止されます。内心にとどまる信仰の自由は、絶対的に保障されます。
宗教的行為・宗教的結社の自由
宗教上の儀式や行事を行う自由だけでなく、行わない自由、宗教的行事への参加を強制されない自由も含まれます。さらに、宗教団体を設立・活動し、加入するかどうかを決める自由も保障されます。ただし、外部に現れる行為や団体活動は、他人の権利・利益や社会との関係で制限されることがあります。
宗教行為が制限される限界を判例で確認
他人の生命・身体に危害を及ぼす宗教行為は処罰される
加持祈祷事件(最大判昭38・5・15)では、病気の平癒を祈る加持祈祷によって子どもが死亡した事案が問題となりました。最高裁は、宗教行為であっても、他人の生命・身体に危害を及ぼす違法な有形力の行使は保護されないと判断しました。宗教行為が著しく反社会的となり、傷害致死などの犯罪に当たる場合、処罰しても信教の自由には反しません。
宗教上の理由による拒否には代替措置の検討が必要な場合がある
エホバの証人剣道拒否事件(最判平8・3・8)では、宗教上の理由で学校の必修科目である剣道実技を拒否した学生に、学校が代替措置を検討しないまま原級留置処分や退学処分を行ったことが問題となりました。最高裁は、信仰上の理由による拒否を正当な理由のない履修拒否と区別せず、他の体育実技やレポート提出などの代替措置を検討しなかった処分は、裁量権の範囲を超える違法なものとしました。
宗教法人に対する規制も信教の自由の限界となる
宗教法人への解散命令は、法人格を対象とする規制
オウム真理教解散命令事件(最決平8・1・30)で、最高裁は、解散命令が宗教法人の世俗的側面を対象とし、宗教団体や信者の精神的・宗教的側面に介入するものではないとしました。解散によって宗教上の行為に事実上の支障が生じても、それが間接的なものにとどまり、違法行為への対処として必要かつやむを得ない規制であれば、憲法に反しません。
国の宗教的関与は政教分離原則によって制限される
憲法20条は、いかなる宗教団体も国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならないこと、国及びその機関が宗教教育その他の宗教的活動をしてはならないことを定めています。また、憲法89条は、公金その他の公の財産を宗教上の組織や団体の使用、便益、維持のために支出し、又は利用に供することを禁止しています。政教分離原則は、国家と宗教との分離を制度として保障することにより、間接的に信教の自由を保障するものです。
津地鎮祭事件では、行為の目的が専ら世俗的で、特定の宗教を援助・促進する効果がない場合、宗教との関わりがあっても憲法20条3項の宗教的活動には当たらないとされました。一方、愛媛玉串料事件では、地方公共団体が特定の宗教団体に公金を支出したことが、特定の宗教への援助・助長・促進に当たり違憲と判断されました。
政教分離原則に違反するかどうかは、目的や効果を踏まえて判断されることが多い一方、国公有地の無償提供などについては、施設の性格、提供に至った経緯や態様、一般人の評価などを考慮し、社会通念に照らして総合的に判断されます。
信教の自由の限界を判断するポイント
- 内心の信仰は、絶対的に保障される。
- 宗教的行為は、他人の生命・身体、権利・利益や社会に害悪を及ぼす場合に制限される。
- 宗教上の理由による履修拒否に対しては、代替措置を検討すべき場合がある。
- 宗教法人への規制は、宗教上の行為そのものではなく、世俗的側面を対象とするものかが重要となる。
- 国の宗教的関与は、目的や効果、その他の事情から相当な限度を超えると違憲となる。
